シルバニアファミリーなどのブログです。
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東北地方太平洋沖地震
2011年03月19日 (土) | 編集 |
東北地方太平洋沖地震ならびにその一連の災害で被災された皆様、その関係者の皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、犠牲になられた方々のご冥福を深くお祈り致します。
混乱の中、一週間が過ぎました。


私の住む山形県S市では震度5弱を観測し、地震直後から続いた停電は、翌日の夜までにはほぼ全面復旧したそうです。
当市では人的被害はなく、一部建物に壁の破損などがあったそうですが、全体として大きな被害は何もなかったようです。
ただ、東日本は今全て同じ状態のようですが、燃料・食料・日用品が不足しています。
特に燃料不足は深刻で、毎日ガソリンスタンドには長い長い列ができています。
品薄の原因の一つである物流の混乱は、少しずつ回復していると聞きます。
この状態が早く解消されますように。


私達の街は日本海に面しています。
奥羽山脈を挟み、今回の地震で被害の大きかった地域とはちょうど東西で反対側に位置しています。
海沿いという事もあり、そして、なじみ深い訪れた事のある土地が被災した事もあり、とてもあの惨状を他人事に思えません。
連日のニュース報道に、ただただ胸のつぶれる思いです。
地震直後数日は、被災地の方角からのぼってくる朝日が胸に心に刺さり、痛くて痛くて仕方ありませんでした。


山形県では、現在県をあげて被災地への支援に動いています。
まだ現地で物資の受け入れ態勢が完全には整っていないので、一度山形で受入し、そこから適宜被災地へ輸送したりもしているそうです。
避難所も各地で開設され、内陸部では宮城や福島からの避難者でどこも一杯になってきたと聞きます。
庄内地方の避難所にも、徐々に避難して来る方が増えてくると思います。
一人でも多くの方が、一日も早く、暖かい場所で温かい物を食べ、温かい布団で眠れる事を祈っています。

私の勤める会社でも、社員一同で義援金を集めました。
会社からも拠出されるとの事です。
県や市で、一般からの救援物資の受け付けも始まりました。
私にできる事を、精一杯お手伝いさせていただきたいです。


地震・津波は去っても、後に残された被害はあまりにも大きいです。
これからの事を思うと、あまりの途方のなさに言葉を失います。
私の住む市は、30数年前に大火で一度市街地を消失しました。
また、こんな時に私事を言うのもなんなんですが、私の家も、数年前に火事で全焼しほとんど全てなくなりました。
たくさんの方々の温かい支援のもと何とか復興し、今日があります。
それでも、災害で受けた喪失感・心の傷は、いつまでも心のどこかに残っているんですよね。
物は買い戻せても(もちろん戻せない物もあります)、それまで少しずつ積み上げてきた大事な思い出の品、例えば写真・手紙・日記、そういう物は戻せません。
命も戻せません。
ちゃんとお別れを言う間もなく、お別れなんてしたくなかったのに、一瞬で全てが消えてしまったやりきれなさ、被災者の方々の心情を思うと、本当に辛いです。
これから長く大変な日々が続くと思います。
お体には気をつけ、生きてゆかれる事をお祈りいたします。


被災地の一日も早い復興をお祈りいたします。
また、原発事故もこれ以上悪化する事なく、早く収束しますように。


今思う所を書きたく、独りよがりな文章に不快に思われた方は申し訳ありませんでした。



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